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東京高等裁判所 昭和25年(う)437号 判決

被告人

野川宝造

主文

原判決を破棄する。

本件はこれを豊島簡易裁判所に差戻す。

理由

前略。記録を調査するのに、検察官は本件起訴事実立証のため、(一)緊急逮捕手続書、(二)被告人の供述調書四通、(三)坂井治八の盗難届、(四)松岡三次の盗難届の各取調を請求し、裁判官が右書類全部を取り調べる旨の決定を宣したところ、検察官は右書類を順次朗読した上、裁判官に提出したことは、原審第一回公判調書の記載に徴し明瞭であるが原審のこの手続は、刑事訴訟法第三百一条の規定に違反すると断ずるの外ないものと認める。即ち同条は、いわゆる自白調書は犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調べを請求することができないと規定しているのであるが、これは自白調書を先に取り調べることにより、裁判官が事件について予断を抱くに至ることを虞れ、これを防止するために設けられたものと解すべきである。然るに本件において、取調を行つた前記(二)の被告人の供述調書四通とあるのは、いづれも被告人の自白を内容とするものであり、しかもその前に取調の行はれた前記(一)の緊急逮捕手続は、被告人が、犯罪事実を自白したから逮捕したということを記載している外に、その犯罪の証拠となるべきものは、何等掲げていないのであつて、とうてい、右自白を補強するに足る証拠と目する訳には行かないものである。前記(三)(四)の坂井治八、及び松岡三次の各盗難届こそ、被告人の自白を補強するに足るものであるから、よろしく原審は被告人の前記各供述調書の取調に先だち、右各被害届の取調をなすべかりしものであつたのである。結局本件は、原審における訴訟手続に法令の違反があり、且その違反は判決に影響を及ぼすものと認められるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

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